8月に入ってから、EUのAI規制がいよいよ本格的に始まったという話を耳にした方もいるかもしれません。実際、欧州委員会は2026年8月2日をEU AI法の適用開始日としています。ただし、この日に全部が動き出したわけではありません。始まったものと、先へ送られたものが分かれています。
海外向けの事業を持たない会社にとっては、直接の関わりが薄い話です。それでも目を通しておく価値はあります。AIを広く対象にした規制としては先行して成立したもので、日本を含む各国の議論の下敷きになっているからです。何が規制の対象と見なされ、どこは時期尚早と判断されたのか。線の引かれ方は、いずれ国内の議論にも出てきます。
8月2日に始まったのは、透明性の規則
欧州委員会は、AI法の透明性に関する規則が2026年8月に効力を持つと公表しています。中身を一言でいえば、AIが関わったことを相手に分かるようにする、という考え方です。人と話しているつもりの相手が実はAIだった、目にした映像が生成されたものだった。そうした場面で、受け取る側が判断できる状態にしておく。規制というより、名乗りに近い性質のものです。
この考え方自体は、法律の適用範囲の外にいる会社にも関わります。問い合わせの一次対応をAIに任せる。採用の案内文をAIに書かせる。広告の画像をAIで作る。国内ではいずれも表示の義務はありません。ただ、後から「あれはAIだったのか」と知られたとき、相手がどう感じるか。そこは法律とは別に残ります。
先へ送られたのは、高リスク分野の義務
一方、重い規制のほうは動いていません。欧州委員会によると、生体認証、重要インフラ、教育、雇用といった分野で使われるAIへの規則は2027年12月2日からに変わりました。エレベーターや玩具など製品に組み込まれたAIは、さらに後の2028年8月2日からです。この変更を定めたAI Omnibus規制は、2026年7月27日に発効しています。
理由として挙げられているのは、企業が対応するための基準や支援の道具立てが整うのを待つ、という趣旨のものです。罰則を先に用意しても、守り方が示されていなければ守れません。
ここは読み違えやすい箇所です。「2026年8月2日から高リスクAIの規制が始まる」という説明は、今となっては正確ではありません。1年前に書かれた解説がそのまま残っているためです。いま検索して出てくる情報には、この改正を反映していないものが混ざっています。
自社が対象かどうかは、思い込みで決めない
ここからは当社の見立てです。年商10億から100億の会社で、EU域内に製品やサービスを出していないのであれば、この法律への対応を今すぐ始める必要は薄いと考えています。ただし、対象になるかどうかの線引きは、事業の出し先や取引先との関係で変わります。欧州の企業に部品や部材を納めている、海外向けのサイトから注文を受けている、といった事情があるなら、自社で判断せずに確認したほうが安全です。
気をつけたいのは、逆の身構え方です。海外と縁のない会社が、規制の話を聞いて社内のAI利用そのものを止めてしまう。これは実際に起きています。規制の対象は、AIを使うこと自体ではなく、どこで何に使うかで決まります。
いま決めておくと、後で楽になること
義務の有無とは別に、決めておくと後が楽な項目が一つあります。自社が外に出すもののうち、どこまでAIが関わったことを明かすか。その線です。
たとえば、顧客への提案書の下書きをAIに書かせる。これは道具の使い方で、いちいち断る性質のものではありません。一方で、社長名義のメッセージや、事例紹介に載せる顧客の声。ここにAIが手を入れていたと後から分かると、話が変わります。その間のどこかに線があります。先に引いておけば、現場が迷いません。
当社では、対外に出す文書を人が読む前に機械の検査へ通しています。顧客名や未確定の金額、社内でしか通じない言葉が残っていれば、公開の手前で止まる形です。表示の線引きも、決めたら同じように検査へ載せるつもりでいます。人の注意力だけを頼りにすると、忙しい日に抜けるからです。
この動きから読み取れること
整理します。2026年8月2日に始まったのは透明性の規則で、高リスク分野の義務は2027年12月2日と2028年8月2日へ先送りされました。各国に先んじて成立した規制でさえ、重い部分は守り方が整うまで待っています。
規制の議論はこれから何度も動きます。そのたびに情報を追いかけるより、自社が何をAIに任せていて、その出力がどこまで外に出ているかを把握しておくほうが、結果として早く動けます。線が引かれたときに、当てはめる先が自分で分かっているからです。
出典: AI Act(欧州委員会 Shaping Europe's digital future・適用開始日と高リスク分野の適用時期の変更)